高校生の頃に好きになったバンドが30周年を迎えたので、ライブに行った。

好きになってから、もう20年ほど経ったんだろうか。20年の間に好きでいることが辛くなったり、もう無理かもしれないと思ったり、改めて自分の神様であることを実感したり、好きだと再確認したり、いろんな思い出と気持ちとともに追いかけていた。ずっと同じ気持ちのまま好きでいつづけることはきっと無理だし、難しいし、愛情と好意は自分の環境の変化とともに形を変えていくものだから、こんなに長い時間好きなままでいられたことはなかなか奇跡的なことなんだろう。もちろん彼らが魅力的だからっていうことも大いにあるんだろうけど、あの頃一緒に好きだった友達は離れていったし、今では違うものを神様として見ているようだった。

愛や好意が続くというのは奇跡なのだ。

 

20年も聞き続けてると、もうそれは人生と同じなんだね。人生と同じぐらい、いろんな思い出とか記憶が詰まってるんだね。

好きなアニメ作品が、10周年を迎えた。10周年をお祝いするプロジェクトとして作られた映画が今日から公開されて、見に行ってきた。公開初日に映画を見に行くのは本当に久々だったと思う。

 

劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM』公式サイト

劇場版ピンドラです、輪るピングドラム

 

映画の内容について触れているので、ワンクッション置きます。

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今週に入って二度目の外出をした。火曜日に出かけたときはそこまで夏らしさを感じる気温でもなかったのに、今日の日差しは容赦なかった。日傘を閉じるたびに生地の温度に驚き、この熱を直接頭に浴びている人は倒れてしまうのではと危惧したが、街を歩く人は思ったより日傘をさしていたり帽子をかぶる人は少なかった。もしかしたら、意外に大丈夫なのかもしれない。わたしは日傘なしではもう外出できないけれど。

 

祭りも盆踊りも花火大会もない夏に、何を思えばいいのかわからない。ただコンクリートから照り返される温度を肌で感じながら、不快に思うことしかできない。夏の暑い日に入った喫茶店で、氷がたくさん入ったグラスに注がれるアイスティー、氷が溶けてカランと音が鳴るのを聞くのが好きだったよ。

二人で一緒にいても夜は一人で、自分に生まれた悲しさとか寂しさとか苦しさとか切なさとか、全部ひとりで消化しなくてはいけない。隣で聞こえる寝息に安心したことはほとんどなくて、どちらかというと、わたしが寝るまでちゃんと起きててよ、と思うことが多い。

何歳になっても深夜はどうしても一人で過ごすことになるし、一人で過ごしている最中は大体寂しいし、悲しいし、切ないし、泣きそうになるし、いつになったらこういうのなくなるんだろう。何が原因でわたしはずっとこんななんだろう。なんで抱きしめてもらってないとダメで、腕が疲れたからと離されることへの拒否感が強いんだろう。わたしの中のよくわからないの、どうやったら消えるんだろう。

ねえ、わたしが寝るまでちゃんと起きててよ。

あの頃を思い出す、元気にしているだろうか、何度も、何日も、深夜に話したあの人。いくつの夜を二人で乗り越えただろう。いくつの朝を二人で迎えただろう。朝焼けはきみに教えてもらったから好きだったんだよ、ねえ、あなた、電話番号も変えちゃったでしょう、メールアドレスだって消えちゃったし、SNSだって見てないんでしょう。あなたから連絡が来るかもしれなくて、わたしはいまだにソフトバンクのアドレスのまま変えられないし、電話番号だってずっと同じままだよ。待ってるから、いつか、また会いたいし、声を聞けたらいいのに。

元気で暮らしてますように。

好意というのは他人と比べるものではなく、自分の中で自身が一番好きだもん、と自信を持って答えられればそれでいい、と思う。なので、他人のそういった思い出話はあまり耳にしたくないし、耳にするとしても気を許した人の内容についてしか聞きたくない。

好きな人が被るのは幼い頃からずっと嫌いだ。この年になって、追いかけているバンドマンに対して、またこういう気持ちを抱くことになるとは思わなかった。わたしは好意を共有できないし、いわゆる「推し」という概念で人を見ることができない。いつでも、いつだって、きっとこれからもずっと、「好きな人」の括りで見るんだろう。