友達のことであんなに悲しい思いをしたり大変ねって思ったり、そんな感じで先週を過ごしたのにもかかわらず、今週はそれに疲れて人間に会いたくないなんて状態になってしまった。まったく、どれだけ弱いのかしら。それはともかく、そんな風に他人のことに心を痛めたりしているのに、どうしてわたしは自分の楽しいことを追及しちゃうのかしら。ものすごく罪悪感。あんなに先週は心を痛めていたのに、その直後には友達と飲み会に行って、今日も地元の友達と飲み会で、その子のことを年がら年中ずっとずっと考えているのは勿論無理な話だけど、彼女が苦しんでいるのにわたしはこうやってへらへらしていていいんだろうか。ものすごくひどいことをしているように思える。
その友達のことを違う子に話したら、自分の辛いことを大衆の目に晒せるようにする(=mixiに書いたりする)のは理解出来ないなんて言われてしまった。そういうこと言いたいんじゃないのになぁ。「鬱だから仕事出来ないなんてそんなこと言ってられなくなるよ、社会人になったら」って彼女は言ってたけど、なんか、そういうことじゃなくて、わたしたちってほんとーにほんとーに恵まれた環境で生きてるんだから、そのことをもっときちんと自覚しなきゃって思って言ったのに、ちょっとへこんだ。だってお家があって更にそれが三階建てで自分の部屋もあって正社員でだけど実家住まいって、それってとんでもなくすごいことなんだよ、って思ったんだけどなぁ。
薔薇の花びらを敷き詰めたベッドのその花びらが一枚めくれちゃうことと、裸で大地に寝転がって寒いのを必死に堪えることが一緒だなんて、なんともまぁなるほどねぇと思う話。環境によって経験によって、不幸の尺度なんて変わってくるのね、はぁー、不公平な世の中だ。